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同化するFイズムとしまむらイズム

2011年06月20日

しまむらがそうせざるを得なかったのは、「(しまむらという業態の)見本がどこにもなかったから」(F)だ。つまり、「自分の人生を人任せにできないのと同じで、自分たちさえ(しまむらが)どこに行くのか分からないのに、それを他人に委ねることなどできるはずがない」(同)というわけである。しかし私はむしろ、「結局、すべて自分たちでやるからこそ面白い」という、そのあとの締めくくりの発言の方に、より強く深いFの本音とこの企業の本質を感じるのだ。Fの自前主義は半端ではない。たとえばしまむらの初期の在庫管理プログラムは、Fがコンピューター言語(コボル)を独学し、自ら書き上げた完全オリジナルである。やや余談めくが、私がFに会ったのは、彼が約3週間の夏休みを取り、プライベートで欧州旅行に出かける直前だった。レンタカーを借り自ら運転して、奥さんと自由気儘に欧州を駆け巡る(今回は主にイタリアとポルトガル)のだという。もちろん話はその旅のことにも及んだ。若い頃からFは、パック旅行には参加したことがない。「(趣味の旅行は)日程も行程もホテルも、すべて自分で計画するからこそ面白い。せっかく時間を作って楽しみに行くのだから、お仕着せでは全く意味がない」とF。「自前主義ここに極まれり」といった感じだが、彼のそうした考え方や感性、生き様が、しまむらという企業のイズム醸成に密接に関与しているのは、言うまでもないだろう。もう1つのFイズムが、「自由と公平」だ。しまむらでは、企業として大事にする優先順位を、(1)従業員、(2)顧客、(3)株主、としてはばからない。通常の企業とは序列が逆である。「(企業にとって一番大事な)組織の構成員=従業員にとって、会社は常に働きやすい場所でなければならない。だから社風として、自由と公平が最低限保障される必要がある」とFは持論を展開する。たしかに、この「自由と公平」というプリミティブな概念が社内に浸透し、それが潤滑油となって初めて、しまむら特有の理屈と仕組みとシステムが、無理なく有機連関的に稼動するのかも知れない。換言すれば、これらすぐれたFイズムがしまむらイズムとして同化することにより、同社は他社にない独自のパワーとオーラ、そして企業としての輝きを発し続けてきたのである。